えまのんの雑記

アニメやゲームの感想を書きます。

掛け布団は「着る」ものなのか?

きっかけ

 Twitterで布団に続く動詞を使おうとしたときに、馴染みがある「着る」という動詞に違和感を感じたのがきっかけ。衣類じゃないんだし、「着る」のはおかしくないか?

 

いくつかの方法を使って布団に続く動詞について調べてみた。

 

ggる

「布団 着る」で検索してみると他にも疑問に思った人がいるらしく、複数のサイトがヒットした。

そのうちの一つ

「布団を着る」は標準語、方言? | 趣味・教育・教養 | 発言小町

 

どうやら、布団を「着る」という表現は方言の一種らしい。比較的広範囲に点在しているようなので使われている地域に関する言及は避けておく。

では布団を「着ない」地域に住んでいる人たちは、一体どうしているんだろうという疑問が浮上する。冬なんかは風邪をひいてしまうのではないかと心配になる。

疑問に思ったので「着る」以外にはどんな言葉が使われているのか調べてみることにする。

「掛ける」

なるほど。確かに体の上に乗せる布団のことを「掛け布団」と呼ぶから、この表現には納得せざるを得ない。私の地域でも他人にしてあげるときに限るが、「布団を掛ける」という表現を用いる。

「被る」

「かぶ-る」と読む。「こうむ-る」ではない。私のイメージでは布団を「被る」というと、頭まですっぽり布団で覆っている状態をイメージする。おおよそそれは寝るために利用される表現ではなく、悲しいことがあったときに誰にも見られないように涙を流すような場合に用いられる印象だ。

 

「着る」以外だとこの二つが一般的らしく、中でも掛け布団にも使われている「掛ける」という動詞が最大勢力らしい。

 

辞書で引く

レポートや論文において上記のような掲示板を参考文献とするのは不適当だと習ったので、辞書を使って調べてみることにした。

goo辞書

ふ‐とん【布団/×蒲団】 の解説
《「ふ(蒲)」「とん(団)」は唐音。「布」は「蒲」に当てた字》

1 布地を縫い合わせ、中に綿・羽毛などを入れた寝具。敷き布団・掛け布団など。「―を敷く」「―を上げる」「煎餅 (せんべい) ―」《季 冬》「―着て寝たる姿や東山/嵐雪」

2 座禅などで座るときに用いる蒲 (がま) の葉で編んだ円形のもの。

[補説]書名別項。→蒲団

布団/蒲団(ふとん)の意味 - goo国語辞書

 

かけ‐ぶとん【掛(け)布団】 の解説
寝るとき、からだの上にかける布団。かけぶすま。《季 冬》

掛(け)布団(かけぶとん)の意味 - goo国語辞書

 

布団の方では現代語の用法は出てこなかったが、掛け布団で調べるとヒットした。goo辞書は「掛ける」一派のようだ。しかしネットで無料で使える辞書というのはどうも信頼できない(失礼)。やはり歴史と権威のある辞書を利用すべきではないか。そう、広辞苑の出番だ。

広辞苑(第六版)

 ふ-とん[蒲団・布団]

(「蒲」「団」はともに唐音)①蒲(がま)の葉で編み、座禅などに用いる円座。ほたん。正法眼蔵座禅儀「座禅のとき、袈裟をかくべし。―をしくべし。」②(「布団」は当て字)綿・藁またはバンヤ・羽毛などを布地でくるみ、座りまたは寝るときに敷いたり掛けたりするもの。<季 冬>。「―を敷く」―むし[布団蒸し]人を布団で包みおさえて苦しめること。

 

かけ‐ぶとん[掛蒲団・掛布団]

寝るときに、上にかける蒲団。かけぶすま。<季 冬>。↔敷蒲団

 

実家にあった広辞苑を引っ張り出してきた。最新ではないが、布団に関する常識が10年やそこらで変わるとは思えないので十分だろう。広辞苑でも布団を「掛ける」という表現が使われている。「掛ける」という動詞がより一般的であるということだろうか。納得できない。

 

服部嵐雪の句

嵐雪の句に

蒲団着て寝たる姿や東山

というものがある。

 

京都の東山連峰の風景を詠んだ句であるが、ここでは蒲団を「着る」と表現されている。服部嵐雪は江戸時代の俳諧師で、生まれは江戸または淡路とされている。

もしかすると江戸時代では布団は「着る」と表現することが一般的だったのかもしれない。または、江戸や淡路の方言だったのかもしれない。

 

ここからはソースがないので、解釈が正しいのか判断ができない。本来こういう考察をする場合はしっかりと下調べするべきなのであろうが、私の妄想だと思って軽く読んでほしい。

私は布団を体の上に乗せることを表現する動詞がほかにもある中で嵐雪があえて「着る」を選択したのではないかと考える。

この句を現代語訳すると、「布団を着て寝ている(人の)姿のように見える、京都の東山連峰は。」という感じだろうか。古文を勉強していた時期からだいぶ時間が経つので自信がない。嵐雪が「蒲団掛け」とせずあえて「蒲団着て」と表現したのは東山が能動的に布団を着ている様子を表現したかったからではないか。「蒲団掛け」だと神のような存在が山に布団を掛けているような印象を受け、句に受ける印象が「山」と「山に布団を掛ける存在」に分散される。そこに他者の存在を匂わせることなく山の存在を強調するためにあえて「着て」という能動的な表現を用いたのではないか。

 

つまり、布団を上に乗せることを能動的に表現する場合には「着る」という動詞を使うべきなのである。(?)

 

終わりに

布団を「着る」という表現に疑問を感じたので調べてみたのだが、どうも他の表現に納得がいかなかったので最後には江戸時代の句を持ち出して「着る」という表現を押し通してみようとした。私は掛け布団を能動的に使う際にふさわしい動詞は「着る」だと信じて疑わない。

余談ですが、もし言語系?の学生で卒業研究に困った方は布団に関する動詞の方言について分布を調べてみてはいかがでしょうか。私、気になります!

 

[追記]

そういえばこういうのあるよね。

ボンドルドで考える倫理観

はじめに

 

先日、「メイドインアビス 深き魂の黎明」という映画を見た。

eminaemanon.hatenablog.com

 

その中で登場するボンドルドという人物がいるのだが、現代の価値観で考えれば彼は倫理観が大きく欠落した言動をとる。そんな彼を見ていてふと、倫理観ってなんだっけ?と思ったので文字に書き起こしておこうと思った。

 

一応最初に断っておくが、私は大学やその他教育機関で「倫理」について学んだことがある訳でもないし、本などを通して他者が説いた「倫理」を独学で学んだわけでもない。いわば「倫理素人」がこれといったソースもなしに適当に書きなぐっているだけの記事だということを最初に理解したうえで読み進めてほしい。

 

ボンドルドって誰?

dic.nicovideo.jp

ボンドルドは「メイドインアビス」の登場人物で、人々からは「黎明卿」と呼ばれている。アビスの謎を解明するためにはどんな犠牲もいとわず(時には自分すら被験体として利用する)、人道から大きく外れた行いをする。

例えば、

  • 身寄りのない子供たちをアビスに連れて行くと約束して上昇負荷(≒死に至るほどの呪い)の実験体にする
  • 綺麗な花畑を火炎放射で一掃する
  • 自分の娘を死なない程度に解体して持ち運べる状態にする

などのことを平然とやってのける。(どれも一応理由あってのことだが。)

 

彼が恐ろしいのは、彼が”していること自体”ではなくて自分がしていることが悪いことだとは全く思っていないところだろう。

いわゆるサイコパスという人種である。

 

余談だが、彼への皮肉として「親子丼に親子丼という名前を最初につけそうな人」という表現を見たことがある。悪気のないところが的確に表現されていてすごく好き。

 

悪いことって何だろう

私の中で「倫理観」は

ものごとの善し悪しを判断するための個人的な基準

という定義がなされている。倫理観によって悪だと判断されたものを「悪いこと」とするという認識だ。

もしかしたら厳密には違うかもしれないが、今回はこの定義に則って議論を進めていきたい。

 

では、ボンドルドの行いは悪いことなのだろうか。

 

とりあえず、最も身近な存在である私自身の倫理観で考えてみる。私はナナチやミーティ、被験体にされた子供たち、彼に苦しめられた人や物のことを「かわいそう」だと思った。どうやら、私の倫理観”フィルター”を通してみたボンドルドの行いは「悪いこと」らしい。

 

では、作中に登場する人物であるリコやレグ、ナナチはどうだろうか。他人の倫理観を推し量るのは難しいが、少なくとも彼らはボンドルドのことを「度し難い」などと嫌悪していたように感じられた。おそらく彼らの目に映るボンドルドの行いは「悪いこと」だったのだろう。

 

さて、ここまで2つの別世界で生きる者の倫理観ではボンドルドの行いは「悪いこと」とされたわけだが、多数決によって彼の行いは「悪いこと」と結論付けていいだろうか。

「答えはNoだ」

などと高らかに宣言したいところだが、正直なところ結論はどちらでも良い。本題はそこではない。

 

本当にボンドルドのしたことは悪いことなのか

ボンドルドがした実験によって被験体となった子供たちの中には死ぬよりも大きな苦痛を与えられ、死ぬことも許されず生かされ続けている者がいる。これが私たちの倫理観を刺激する最も大きな要因だと考える。

 

これを分かりやすいように私たちの身近な表現に置き換えると

切腹の際に介錯を行わずに苦しみながら死ぬのを待つ」

「動物を食べるために殺す際に必要以上に痛めつける」

という表現ができる。

 

身近な表現かは定かではないが、幾ばくか考えやすくなったかもしれないし他の例を考えてみるのは悪いことではないと信じて議論を進めていこう。

なるほど、上の二つの例はどちらも「かわいそう」だ。そして多分これらの行いは「悪いこと」であると思われる。

 

他の例について考えてみたい。

メイドインアビス」の話に登場したクオンガタリという虫の生態について考えてみる。クオンガタリは他の動物に寄生して繁殖する。寄生の仕方が特徴的で、目や体を喰らって体の自由を奪うが完全に殺しはせず、長い期間寄生できるように寄生した生物に自らを食わせて生き永らえさせる。詳しく知りたい方はメイドインアビスの原作か映画を見てもらうとして、映画を見た私のクオンガタリの生態への印象は「ムゴイ」とか寄生されている人が「かわいそう」とかだった。

しかし、私はそれが「悪いこと」だとは一切思わなかった。おそらくそれが「悪いこと」だと思う人は少ないのではないかと思う。なぜなら、それはクオンガタリが種を繁栄させるために行ったことであるからである。決して命を無下に扱うことを理由としたものではない。結果として「ムゴイ」ことに成ってはいるのだが。

 

では最初に戻って、ボンドルドの行いについて考えてみよう。彼はアビスの謎の解明のためにたくさんの人々の命を犠牲にした。しかも前述のとおりただ殺すのではなく必要以上の苦しみを与えている。

しかし、犠牲の甲斐あってボンドルドはアビスの謎の多くを解き明かしている。この情報は多くの探窟家たちの助けになることは間違いないだろう。探窟家たちがアビスで動きやすくなれば、とんでもない力を持った遺物を持ち帰ることに成功し、人類がさらなる発展を遂げる手助けになるかもしれない。

ボンドルドは人類への貢献を目的の一つとして研究を行っており、事実彼の人類への貢献は計り知れないものだろう。

 

もうお気付きかもしれないが、ボンドルドの行いはクオンガタリの”それ”と殆ど同じ構造をしているのである。犠牲になったものは「かわいそう」だし「ムゴイ」が、動機は種の繁栄を思ってのことである。

そんな風に考えると、ボンドルドの行いは「悪いこと」ではないのかもしれないと思えてくる。

 

こんなことを言うと、もしかしたらこんな反論をする人がいるかもしれない。

「人間と動物を同一視するのはおかしいし、何よりも自分以外を犠牲にしていることに嫌悪感を抱く」

だが私は、人間と動物を違うものだと捉えるのは傲慢だと思っている。確かに人間は世界に及ぼす影響は他の生物よりは大きいかもしれないが、それは人間が進化の過程で高い知能を身に着けてきた結果だし、それらもすべてひっくるめた上で自然なのである。人間とクオンガタリという種族の違いはあっても同一視されるべきである。

そして何より彼は研究のためであれば自らを犠牲にすることすら厭わない。実際彼は自らの命を犠牲にすることで白笛を作り出すことに成功している。たまたま被験体が他人だっただけなのである。

 

倫理観は相当危うい存在

このように順序立てて考えてみると、ボンドルドの行いは「悪いこと」ではないと結論付けたくなる。

それに対して私(たち)の心が直感的に出した答えは「No」でやっぱり嫌悪感を抱かざるを得ないのである。

 

私はこの直感こそが「倫理観」の正体であると考えている。この直感は周りの環境に大きく影響されうるもので変動しうるものである。時代によっても、国によっても「倫理観」は違っているだろうし、これからもどんどん変わっていくのだと思う。

もしかしたら明日には世界は変わっていて、牛乳は人間のための飲み物じゃないから飲むのはよくないという人たちで溢れかえりスーパーで牛乳が買えなくなるかもしれないし、漫画は子供の教育によくないからといってすべての漫画がR18指定を受けてしまうかもしれない。

 

流石に極端すぎるかもしれないが、それだけ倫理観は危うい存在なのである。だから「倫理的によくない」とかいう曖昧な理由で物事を片付けるのはとても危ういことだと思う。

 

倫理的に~とかいう言葉を使いたくなる気持ちは非常によく分かる。だが、なぜそのように考えたのか、直感としてではなくきちんと説明できるような理由を常日頃から意識していきたいものである。

 

そして倫理観についてより深く考えるためにもメイドインアビスの映画を見よう。

最高な物語の最悪なお話 メイドインアビス 深き魂の黎明 感想

はじめに

本記事はアニメ本編のネタバレを含みます。

ご了承いただける方のみ閲覧ください。

 

 

きっかけ

 私がこの作品と出会ったのは、2017年に放送された同作品のTVアニメシリーズでのことだった。

 

未知なる生物や人智を超える力を持った遺物を抱え、それらを守るかのように帰る者に呪いを掛ける巨大な縦穴"アビス"。

如何に恐ろしい呪いを受けようともアビスの魅力に憑りつかれて探検を続ける探窟家たち。

探窟家を夢見る少年少女。

何よりも衝撃的だったのが、かわいらしいキャラデザからは予想できないようなグロテスクな描写が飛び出してくることだった。

私はずっとワクワクした心持ちでこの作品を見ていた。

この時から私もアビスの魅力に憑りつかれた人間の一人だったのかもしれない。

 

 特に原作者のつくしあきひと先生に「原作越え」と言わしめた第十話はこの作品の本質というか、アビスの厳しさを視聴者に叩き付けた回だったわけだが、例外なく私もアビスのもう一つの一面を知った一人だった。

タマウガチの毒が全身に回らないようにレグがリコの腕を切り落とすシーンに私は絶句した。

みるみるうちに顔色が悪くなっていくリコ、それを心配そうに眺めるレグ。

腕を切り落とすために腕の骨を折ったり、ナイフで腕を切り落とそうとするも上手くいかずその痛みに絶叫するリコの姿はまさしく絶望という言葉がぴったりだった。

リコの絶叫シーンは目と耳を同時に塞ぎたくなるほど悲惨なもので、私は画面を直視することができなかった。

横目でちらちらと見るのが精いっぱいだった。

しかし、この一話をきっかけに私がこの作品の沼に嵌っていったのも事実である。

 

 アビスの魅力に一握りの強烈なスパイスが加わることでこの作品の魅力は何倍にも向上する。

過剰ともいえるようなグロテスクな演出がこの作品の良さを200%引き出していると確信している。

 

 TVアニメシリーズが終了し当然のように続きが気になった私だが、できれば初見でアニメを見たいという気持ちから、原作を買うのは止めておいた。

その後劇場版の総集編2作品が公開され、近所の映画館にはなかったため少々苦労しながらも見に行き、ようやく今回の新編が公開された。

待ちわびた新編がようやく公開されたとあっては、当然見に行くという選択肢しかなかった。

 

感想

※ここから映画のネタバレになります。

 完全初見で映画を見ようとしたわけだが、流石に何の情報も入れずに見るということは叶わなかった。

とはいえ知っていた情報というのも次の話はボ卿のお話で、なかなかにエグいことをやっているくらいのアバウトな情報くらいで留まっていたので、そこまでの深刻なネタバレは回避できていた。

そもそもこのくらいの情報はここまでの話から推測できるような内容だしね。

 

映画はマルルクの日常というこの作品には似つかわしくないゆるーい短編からスタートした。内容はマルルクくんがキャンプにいるほかの探窟家たちの部屋を掃除するというもの。

一癖も二癖もある探窟家たちの部屋は当然綺麗に整頓されているわけもなく、それに振り回されているマルルクくんを見るのがただただ楽しいだけのアニメだった。

そういえば、マルルクくんって公式で男の子なのか女の子なのか言及されていないんだよね…?

どっちなんだろう。。。

男の子でも、女の子でもどっちでも可愛いんだよな。

男の子なのか女の子なのか分からない危うさがマルルクくんの魅力の一つでもあるから一生性別不詳のままでいてほしいな。

どっちでも通用するようにマルルクきゅんって呼ぶことにしよう

 

そんな感じのあまりにも弱すぎるジャブで準備運動したところでいよいよ本編が始まった。ミーティとナナチの一件のあと、ナナチが仲間に加わって旅を再開する一行。リコの希望でライザの好きだったトコシエコウが群生する花畑へ訪れた時、レグは何者かの気配を感じる。

気配の正体はボンドルドの部下の一人だった。男は6層にしかいないはずの虫”クオンガタリ”が大量に発生している原因を調査しに来たという。

 

………。

あぁ。…これだよ、これ。これがメイドインアビスだよ。

”これ”というのは、クオンガタリの生態のことだ。クオンガタリは生物に寄生し、養分を吸い取って繁殖する。ただ養分を吸うだけではいかないのがアビスの生物の恐ろしいところだろう。養分を吸う生物が完全に死んでしまわないように自ら寄生している生物の胃袋へと入り、自らを養分とする。

もうね。無茶苦茶気持ち悪いの。寄生されていたのは探窟家のグループで、もう動くことすらままならないのに生かされ続けている。まさに生き地獄とはこのことかといった絵面。つくし先生はよくこんな気持ち悪いの思いつけるよなぁ(誉め言葉)

 

 この辺から私は映画が終わるまでずっと

(´゚д゚`)

こんな感じの顔してたように思う。

もうね、普通の顔に戻すタイミングがないくらいストーリーがエグいんだもん。

 

部下の男は”今は”リコたちをどうこうするつもりはないとのこと。調査を終えた男はトコシエコウもろともクオンガタリを火炎放射で燃やしてしまう。リコたちは炎から逃げるようにその場を後にする。

 

その後は特に苦労する描写がないままボンドルドのいる前線基地に到達する。深界6層に挑むには前線基地に行くより方法がないため、避けては通れない道だ。そこで一体ボンドルドたちにどんな扱いを受けてしまうのだろうと怯えていると、迎えてくれたのはプルシュカという可愛い女の子。それにしてもメイドインアビスは絶妙にロリコンのフェチ心を刺激してくるな。

プルシュカは同年代の子供が来たとリコたちを歓迎してくれている様子。そのすぐ後にボンドルドにも遭遇するが、プルシュカと同様に歓迎してくれているみたいだ。ボンドルド、実は結構いい奴だった?

 

いや、待て。騙されるな自分。こいつはナナチやミーティをひどい目に合わせた張本人だ。簡単に心を許してはいけない。

 

ボンドルドは旅で疲れただろうから部屋で休むといいとリコたちに勧める。

ナナチ以外は思ったほど悪い人間では無い様だと勧められるがままに部屋に移動する。疲れていたのか、リコはあっという間に眠りについてしまう。しかし、リコがトイレに起きた時一緒に寝ていたはずのレグとナナチの姿が見えない。

 

ナナチは自分が前線基地に残るからリコとレグのことは見逃してほしいとボンドルドと交渉中。しかしボンドルドはその申し出をすぐに棄却した。なぜなら、既に

レグはボンドルドの部下たちによって絶賛研究中!!

されちゃってたからね…。

見た目だけでなく急所まで人間同様に作られたレグに部下たちは興味津々。肌に刃物が効かないと分かるとレーザーを当てて切ろうとする。あまりの痛みに絶叫し、尿を漏らしてしまうレグ。痛覚があることや、レグの尿をすかさず採取し成分が人間とほとんど変わらないことに興味津々な部下たち。

だめだこいつら。早く何とかしないと。

 

実はここのシーンだけ映画を見る前に聞いてしまっていたんだけど、想像してた以上にやばかった。これ人によっては性癖が歪む原因になりかねないんじゃ…。私の右斜め前あたりで見てた中学生くらいの女の子たちは将来が有望そうですね。

 

 レグのピンチに駆けつけたナナチは部下たちを追い払い、レグと共に逃げようとする。強烈な痛みで意識が朦朧とする中、ボンドルド達から距離を取ることに成功する。かなり端折るがナナチの作戦の元、なんとかボンドルドを倒すことに成功する。

…かのように思われた。

突然プルシュカの隣で戦いの様子を見守っていた男がボンドルドの仮面を取り、自らの頭に身に着けだした。すると男がボンドルドの声を発し出した。

この男、マジで何でもありかよ。しかも前の体よりもかなり戦闘能力がアップしているらしく、レグはあっという間に倒されてしまう。一瞬希望が見えたかと思いきや、あっという間に絶望に叩きつけられる。

 

三人は体制を立て直し、もう一度ボンドルドを倒す計画を練り始める。

ナナチの計画のおかげでボンドルドの意表をうまく付くことができ、苦戦しつつもボンドルドの今の体を倒すことに成功する。

 

この戦いを見て思ったのは、リコ、レグ、ナナチの3人の役割で、リコとナナチのブレインとしての役割が被っていると感じていたが、知識の種類が違うんだなと改めて認識した。

リコの知識は本などで学んで得た知識という感じだが、ナナチはアビスでの生活やボンドルドとの研究生活の中で身につけた生きた知識という感じ。それぞれで役に立つ場面が違うんだなと思った。

 

戦いの中で印象的だったのはボンドルドがプルシュカによる祝福を受けたことでさらなるパワーアップを遂げた場面だった。ボンドルドいわくアビスからの祝福を受けるための条件は、呪いを受ける側から祝福を受ける側に対する愛情だという。あれだけのことをされておきながら、それでもなおボンドルドを愛し続けるプルシュカにたまらない気持ちになった。

 

あとはリコがカートリッジの作り方を思いついた過程をすぐに見破ったときにボンドルドが言った「あなたは思ったよりもこっち側なのかもしれない」 という言葉が印象的だった。ボンドルドもリコも知識欲が異常でリコは年齢の割に洞察力や頭の回転が速い。

ボンボルドとリコの本質的な違いは何かというとそれはやはり倫理観の違いだろうと思う。ただ、倫理観なんていうもの凄く曖昧な基準でボンドルドを悪と決めつけるのはいかがなものかと思う。身寄りの無い子どもたちを騙して実験道具のように扱う行為は今の日本の基準で考えれば許されるものではないと思う。しかし、倫理観というのは時代や地域によって変わりうるものだと思うし、メイドインアビスの世界観でそれが悪いとはっきり言えるだろうか。卑しい身分の人間が物同然に扱われることなんて地球の歴史でもあっただろうからメイドインアビスの世界でボンドルドを批判するのはなんか違う気がする。

私はボンドルドのことは最低だとは思うけど、純粋に真実を追い求める姿勢とかを見るとどうしても嫌いにはなりきれないなと思ってしまう。

最後のリコたちを見送るシーンでの「あなた達の思いが勝っただけ」という潔い姿も彼を憎めない要因だった。

まぁ胸糞には変わりないんだけど。

 

終わりに

ここまでの感想を一言でいうと、最高に面白かったけどあまりに胸糞だったということになる。それが記事タイトルの「最高な物語の最悪なお話」が意味するところである。

長々と書いてしまったが、このへんで筆を置きたい。もし読んでくれた方が居たなら、コメントを残してくれると非常に嬉しい。

 

蛇足だが、「ナナチは」と入力すると「ナナチはかわいいですね」が予測変換で出てくるの完全にバグってるだろ。

5本”も”ブログ記事を書いてみて分かったこと

やっとの思いでブログ記事(笑)を5本書くことができたのでその感想と分かったことを書いてみる。

あくまで備忘録のようなもの。

 

自分は文章を書くのが上手くない(知っていた)

今まで自分は一応人並みには文章を書いてきたつもりだ。読書感想文や体験学習などについての感想文、大学でのレポート課題などがそれに当たる。

小学校、中学校、高校、大学、どの時代を思い返してみても作文にはものすごく苦労させられた覚えがある。他の人がどんな風に文章を生み出しているのかはわからないが、私の中で作文というのは自分の中の不確定でふわふわした部分を取り出すような作業だった。(今もそうか)

なんというか、書こうとすると今書こうとしていた文章を忘れてしまうような感覚があることがあったり、気持ちは先行するけどなかなか上手く走れないような感じ。

今は割と適当に書いてみているので割とスラスラかけているのだけれど。

というか、そもそも自分のことを表現するのが苦手で、しゃべるときも言葉に詰まってしまうことがよくある。

吃音症なのかな?とも思ったが、ちょっとそれとは症状が違う気がするし、何より作文でもそうなってしまうのは何でだろうという気がする。

単純に自分の頭の回転が遅いのかな?と悩んだりもするが、良く分からない。

とにかく、学生時代私にとって作文をするという行為は苦痛以外の何物でもなかった。

ましてそれを人前で発表なんて考えられなかった。

本当に適当に書いているので、支離滅裂でそもそもタイトルとぜんぜん違うことを書いてしまっているのだが、この際とにかくアウトプットする練習だと割り切って書き進めていこうと思う。

私がブログを書こうと思ったきっかけもアウトプットの練習になるかな、と思ったことだった。

いざ始めてみたはいいものの、今までブログなんて定期的に読んだことはないし、どんな風に書けばいいのかも分からない。

アニメの記事を取り扱いたいけど、画像ってどの程度使ってもいいのか分からない。(すでに著作権を侵害していそうな感じはする)

ので適当に書きつつ、控えめに画像を貼りつつなどという感じで記事を書いてみた。

一本のブログ記事に2時間とか掛けてようやく出来上がる訳だけど、多分殆ど中身のない記事が出来上がってるのではないかな、と思う。怖くて見直せていないが。

そもそも、扱う題材が良くなかったのではないか。

手当たりしだいに見たアニメの感想記事を書いてみたが、面白いと思っていないアニメに対して余り書くことが思いつかない。

とはいえ、普通に面白かったものに関しても散々な記事しか書いていなかった気がする。

始める前は、いずれはカリスマブロガー?に!とか思っていたが、開始早々にそういえば自分は文章を書くのが苦手だったという事実を叩きつけられる結果になった。

まあ流石に書き始めて間もないし、記事の数が片手で数えられるほどしかないので辞めるつもりもないし、諦めるつもりは毛頭ない。

とにかく、恐ろしく遅筆で作文が苦手な私にとっては記事5本という数はとんでもない量だった。

 

記事の題材が悪いのでは?

今まで書いた記事はいずれも、一つのアニメに関する感想の記事だ。

このブログの最終的な構想として、そのクールに放送しているアニメをできる限り見て、その感想を1週間毎に記事として出す。そしてクールの最後には個人的なアニメランキング記事を掲載する、という妄想を抱いていた。

何本かアニメの感想記事を書いてみて思ったのは、1話分だけだと思ったよりも書くことがないということ。1話分だけでそれなりのボリュームの記事を書こうと思ったら、私の実力ではアニメの話をなぞりつつ感想を添えるという、オールネタバレ記事が出来上がってしまう。22/7がそれに当たる。

少なくとも、今の私では1話分だけで感想を書くのは困難であるという結論に至らざるを得ない。

そこでこれからは、アニメ1クールすべて見終わってから記事を書いてみようと思う。幸いにも私は俄アニメオタクなので、アニメオタクの教養とも呼べるような作品を何本もスルーして来ている。

それ以外にもいくつも気になるアニメはあるので、そういったものを見てはその都度感想記事を書いていけたらいいと思う。

 

終わりに

本当になぐり書きのような記事になってしまったが、とにかく速く文章を書く練習がしたいので今回は何も気にせずにこのまま投稿しようと思う。

あとは、色んな人のブログ記事を読んでみて、どういうふうなことを書けば興味が引かれるのか研究して見ようと思う。

あ、あとゲームの記事書きたい。つい先日クリアしたゲームがあるのでそれについて。

思いつくままに書いていたら収集つかなくなってきたのでこの辺で止めておきます。

女性向けアイドルアニメを初めて見た男 ARP Backstage Pass 1話 感想

きっかけ

 正直いつもならこの手のアニメはすぐにスルーしてしまうが、

今期はブログを始めたこともあり、普段見ないジャンルのアニメに

手を出してみることにした。

 

あらすじ

 ARPというダンスボーカルグループの舞台裏やライブでの出来事を

デビュー前から現在までを追う。

 

 第1話では、4人のメンバーがARPに加入するまでの簡易的な回想と

メンバー各々のテーマ曲のライブ映像が放映された。

 

感想

 妙に気負って見始めてしまったが、案外楽しめた。

何よりも、ライブシーンが素晴らしかった。

 

 とはいっても冒頭、いきなりライブから始まったときは何事かと思った。

いや、アイドルアニメならライブシーンから入るのはよくあることだとは

思うのだが、

wow...wow...wow...wow

と延々と繰り返す間奏部分だったからだ。

 

ポカーン( ゚д゚)

としながらじっと聞いていると通常パートに戻ったようで、軽快なダンスと

カッコいい曲が流れだした。

 

最初はどうかと思ったが、普通にいい曲だなー。と思いながら聞いていたが、

何よりも3DCGの出来が素晴らしいと感じた。

 

最近は割とアイドルアニメを見るようになったので、

ダンスのCGを見る機会が増えたがそれらのCGと比較しても

ARPのCGの出来は引けを引けを取らないどころか、より良い出来だと思う。

 

OPの曲だけでなく、他3曲もCGの出来が非常に良かった。

 

 

 ただ、ストーリー部分に関してはいくつか気になる部分があった。

 

一つはそもそも話自体がそこまで面白くなかったこと。

まぁ1話目から面白い展開になるのを期待するのも違う気がするし

そもそもストーリーは1話の半分くらいの尺しか無くて

面白くなるわけもないといった感じ。

 

もう一つは、キャラクターの頭おかしい感じが拒否反応が出そうな点。

今やアプリがめちゃくちゃ流行っている"BanG Dream!"の第1期を思い出す。

作画崩壊、話のつまらなさ、あまりに頭のおかしい主人公。

 

そのあと少しアプリをやっていたわけだが、アニメの出来からは

予想もできないようなプレイヤーの多さに対して

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地獄を乗り越えた精鋭かのような妄想をして悦に浸っていた。

 

 話が逸れたが、今のところライブにアニメ製作費の大半がつぎ込まれたのか

とも思えるような内容なのでこれからの展開に期待したい。

 

 

まとめ

 総評としては、それなりに期待できそうな感じでした。

少なくとも22/7よりは今のところ好感触なので、続けて見ることができそう。

 

 それより記事内で唯一使った画像がアレってどうなんだ…。

もうちょっとブログ書くのに慣れが必要ですね。精進します。

(ほかにも見てるアニメあるからもっと書きたいなぁ)

異種族レビュアーズ 1・2話 感想(レビュー)

※本記事は作品のネタバレを含みます。

未視聴の方は注意して閲覧ください。

 

あらすじ

 人間やエルフ、獣人、オークなど様々な種族がともに暮らす世界。

よくある異世界ものの世界観での風俗店を題材にしたお話。

人間の風俗だけではなくいろんな種族が嬢を務める風俗店での体験を

レビューしていく、という内容。

 

感想

 人間だけでなく、様々な種族の目線でほかの種族との行為をレビューする

という発想が新鮮で面白い。

 

たとえば、物語の初めには人間とエルフの青年二人組が

500歳のエルフと50歳の人間ならどちらを抱きたいか

について議論していた。

 

…。

いや、実際そういう内容だったんだけど、

いざ文字に起こしてみると強いパワーを感じる文章だな。

 

人間のスタンクからすると、50歳の人間は単なるババアでとても抱きたくはない。

エルフなら、どんなに歳をとっていたとしても見た目は若々しく美しい。

とのこと。

 

逆にエルフのゼルからすると、人間の50歳なんてエルフからすれば子供のようなもので

性の対象として見ることができる。

一方、いかにエルフが美しいといっても500歳なんてババアすぎて無理だ。

という主張だ。

 

二人の議論は平行線。このままでは収集がつかないので他の種族の男たちに

レビューを頼むことにした。

 

すると、ほかの種族の男たちはみなエルフよりも人間のほうが抱ける、

という結論を出した。

 

 

なるほど、面白い。

 今までエルフは長寿で何歳になっても美しいというイメージがあったが

それはあくまで人間というフィルターを通してエルフを見た場合のこと。

異種族からのエルフの評価は人間と違っていて当然なのである。

 

異種族レビュアーズに性の多様性を見出した瞬間である。

 

でも私は人間なので500歳のエルフのほうが好みです。

 

話の導入部はこんな感じで、

その後は富田美優さん演じる天使の男の子がレビュアーとして加わったり、

スタンクが有翼人の飲み屋の店員にセクハラして殴られたり、

授乳プレイがオプションできる乳牛系の風俗のレビューしたり

という感じで1・2話が終了した。

 

途中からあまりにもあっさりした感じになってしまったが、

大体話のパターンが同じなので特に書くことがない。

 

話のテンポは良いし、レビュー自体が各種族の特徴をよく捉えているので

見ていて飽きることはそうそうなさそうではある。

 

まとめ

1・2話を見終わった感想としては、なかなか面白かった。

レビューを見に来る竜人族がいつも童貞いじりをされていたのが個人的にツボだった。

 

そういえば、本アニメの感想記事を書こうと思った動機を

すっかり忘れてしまっていたので最後にそれだけ書いて終わりにしたい。

 

異種族レビュアーズのレビュアーになりたい

 

書かなきゃよかった

電波女と青春男 感想

※本記事は作品のネタバレを含みます。

未視聴の方は注意して閲覧ください。

 

アニメを見たきっかけ

 私がひそかに追っていたvtuberの方が投稿した本作品のOP曲 ”Os-宇宙人”

の歌ってみた動画を見たのが事の発端だ。 

 

 この曲はそのvtuberの普段のやや電波な言動や声質と非常によく合った

選曲であり、私はたちまち魅了され何度もリピートするようになった。

 

最初はその独特な歌詞と曲調からボカロ曲かと思っていたが、どうやら

アニメの主題歌であることを知る。

 

 私がアニメを見るきっかけとして割とよくあるのだが、

動画サイトに投稿された楽曲の2次創作を見てその曲目当てにアニメを見る、

という理由である。

 

 私はアニメにおいてOPやEDの存在は非常に重要であると考えている。

 

そのアニメの内容がどんなに優れていたとしても、OPやEDが不快なものであると

どうしてもそのアニメを見るのが億劫になってしまうし、

逆に内容が面白くなくてもOPやEDが良いとそれだけでアニメを

見ようとする気力が生まれてくる。

 

流石にここまで極端だと、お前はアニメを見ているのではなくて

歌を聞きに行っているだけなのでは?と言われそうだが、

多分、きっと、maybe、そんなことはない、はずである。

 

 今回も同様で、こんな電波な曲を(最低でも12回は)聴ける神アニメは

どんなアニメじゃい!と思いながら調べてみた結果本アニメにたどり着いた。

 

あらすじ

宇宙人が見守ると噂される町で、叔母の家に住む事になった主人公・丹羽真。

彼を待ち受けていたのは、布団で簀巻きになった電波女だった!

しかも、地球は狙われているだの、自分は宇宙人の血を引くだの、言動も電波そのもの。
だが学校では天然癒し系なリュウシさんや、モデル体型のコスプレイヤー前川さんと出会って青春を満喫……してみたり。 宇宙への憧れにのせてお送りする、ちょっと不思議な物語。 (公式サイトより引用)

 

ということらしい。

 

 若干補足(ネタバレ)しておくと、電波女は主人公のイトコのエリオ。

高校入学後半年間行方不明となっていたが、その際の記憶がなく

宇宙人にさらわれた・自身が宇宙人だと信じ込むことで心のよりどころにしている。

 

なんて書いてみたが、要はちょっぴりSF風味な学園ラブコメといったところだろうか。

 

感想

良かったところ

 OP曲目当てで視聴し始めたわけだが、原曲ver.も素晴らしかった。

開始2~3分ほどで継続視聴することが決まった。

 

 内容に関してだが、おかしな言動のエリオや変な恰好の前川さん、

年齢とギャップのある行動をする叔母さんや、

毎日のようにペットボトルロケットを打ち上げる謎の男性など、

もうめちゃくちゃだった。

 

終始「わけ分からんなこのアニメ」と呟き半分笑いながら見ていた。

 

 回を追うごとに謎が増えていくストーリーと主人公の気だるげで妙に心地の良い

語り口調が私を物語に引き込んだ。

 

 特に物語の核ともいえるエリオに関する謎、空白の半年間やエリオの父親に

関しては、思っていたよりも深刻な理由が隠されていそうで興味をそそられた。

 

結局ほとんどの謎はアニメ中には解決することはなかったが、

ある意味謎は謎のままのほうがこのアニメらしくてよかったのではないかと思う。

 

謎が解明された電波女なんて、魅力半減どころか壊滅なのだから。

 

 また、三人のヒロインはみなキャラが立っていて非常にかわいらしかった。

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 リュウシさんこと御船流子(りゅうこ)は作中では一番まともな女の子。

 

リュウシというあだ名で呼ばれることを気にしており、

リュウシと呼ばれるといちいち「りゅう"こ"やっちゅーに!」と

突っ込みを入れる姿が可愛い。

 

真と他の女の子が仲良くしているのを見るとついつい嫉妬してしまう

様子もなんだか愛おしい。

(若干のヤンデレ気質が感じられるが、人によってはプラスになり得る)

 

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 前川さん(名前不明)は整った顔立ちと恵まれたスタイルを持ちながら、

一風変わったコスプレをするちょっと残念な女の子。

 

普段はクールだが、自慢の手料理を真にふるまった際には誠が「おいしい」

と言ってくれたことに対して喜ぶ女の子らしい一面も見せた。

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 藤和エリオは真の従妹で、真と出会った時には布団にくるまった状態だった。

 

自分は宇宙人だの、自分には不思議な力があるだのと残念な発言を繰り返すが、

顔立ちは非常に整っており、作中でも屈指の美少女として扱われている。

 

真曰、「神はその美しすぎる容姿に釣り合いが取れるように言動を残念にした」とか。

 

悪かったところ 

 残念だったのは、作画が崩れ気味だったこと。

 

作画がすべてとは言わないが、アニメ作品において作画の綺麗さは重要な要素である。 

 

アニメという媒体で作品を作っているのであればせめて視聴者が

「ん?」と気になるような作画にはして欲しくない。

 

特にラブコメのヒロインが作画崩壊によって可愛くなくなってしまっては

その作品の魅力が損なわれてしまう。

 

私は一視聴者として、作品の内容だけに集中していたいからアニメ制作陣には

ぜひとも頑張ってほしいところである。

 

まとめ

 長々と駄文を連ねてみたが、この記事を通して伝えたかったのは

「面白かったのでみんなも見てね」ということに尽きる。

 

少なくとも私は続きが気になるのでこの後Amazonで原作を購入するつもりだ。

 

アニメで回収されなかった謎は解決するのかどうか、ワクワクしながら

読み進めたいと思う。

それこそ、"Os-宇宙人" を聞きながら。